-- Epilogue --
「貴方は・・・。本当に遠回しで、気の長い・・・・」
自嘲気味に静かに笑う一人の青年。眼つきはやたらと厳しいが、その瞬間、少し柔らかくなった。
彼はキノコ状の、何がどうしたらこんなデザインになるのか、さっぱり分からない不思議な形状の建物の縁に立っていた。思うにこれは継ぎ足していった結果、こうなったのではないか。上にだか下にだかは見当もつかないが。
そして、青年は身に纏う紅いマントを音も無く手馴れた風に翻すと、空に身を投げた。
あれから色々あって、かっ飛ばすが、今、ジョミー。いや、ソルジャー・シンは地球に居た。
明日の人類側との会談を控えて地球に降下したのだ。シンは人間に用意された部屋を当たり前の様に素通りして外に出た。
彼は、ふわりと地球の大地に降り立つ。
彼等ミュウが、全てを投げ打ち、切り捨て、薙ぎ払い、遂に手が届いた。永遠とも思われた旅の果てに、辿り着いた夢の星。
そして、その故郷たる大地を踏みしめる。ゆっくりと。まるで、噛み締めるかの様に。ここがテラだ。
貴方の夢見た、本当の地球。これが地球の大気。直接吸い込めないのは哀しかった。せめて大気だけでも感じさせてあげたかったのに。だから良く見ようと思う。
「来ましたよ。分かりますか?」
返事などある訳も無いけれど、それでも構わなかった。
「先に褒め言葉を言っとくなんて、何処まで用意周到なんです?」
あの後、ブルーからダーク・ブルーのデータごと譲り受けたジョミーだったが、たまに気が向いた時やる事が無い訳でも無かったが、別に其れほど頻繁にダーク・ブルーとの対戦に興じる事は無かった。
再び、目を向ける様になったのは、アルテメシアの侵攻を決めた時からだ。
迷った時にやる。戸惑いが生まれたらやる。消え行く命の断末魔に我を忘れそうになる度、行く道を見失いそうになる度、幾度と無く、淡々とコマを取り続けるダーク・ブルーとの殲滅戦を繰り返した。機械と言う物が何なのか。その都度、思い出す為に。認識する為に。
そして、力があれば、生かせる命が在る事を思い刻む。何度でも。それは驕りだとしても。
「貴方が何を思って、あれを作ったのか。一人やり続けたのか。分かるよ。多分ね」
迷いに迷って心が揺れれば、膝の上に乗っていた彼の頭を思い出す。そしてイメージで彼の頭をぐしゃぐしゃのぼわぼわにしてやるのだ。あの時の様に。使って良いと彼が言ったのだ。
彼の頭をなぞる。頭の形を思い出す。小さな頭だった。あそこから、どうしてあんな力が出てくるのか、自分だってタイプ・ブルーなのを棚に上げ、何だか不思議だ。
そうして落ち着く。何度だってそれを繰り返した。何度も何度も彼の頭を抱きかかえ。そうして此処まで来たのだ。彼の想いを道標に。新たな道を探して。
彼の言う健全な精神を保てたのかどうかは分からないが、一応、何とかもったと言って良いだろう。
これから最後の追い込みに入る。真に狙う先は機械じゃない。機械と戦う事は出来る。しかし、人の未来を築けるのは人だけなのだ。
長として、欠けたピースの行方より優先すべきはミュウが生きる事。だが、終わりの無い時間を生きる為には、未来は必要なのだ。希望の無い世界で、一体、我等はどう生きる。人間を残らず駆逐する事など出来はしない。
欲を出せば、掴める物も逃してしまう事になりかねない事は重々承知している。それでもジョミーは人と言うものに賭けていた。その意志さえあれば、人は奇跡だって掴む事が出来るのだ、と。
結果、例え賭けに敗れたとしても、あの機械だけは破壊する。必ず。
あれは人の心を書き写したプログラム。生きようとする命の嘆きと焦燥から生み出された、哀しい遺物だ。
そうして地球の大気の底から、空を見上げる。沈み込むような深い大気。
今度こそ、本当の空だ。夢見た透き通る青い空ではなかったけれど、本物のテラの空。それはあの日、あの命に触れた時見た世界と同じ気がした。
陽が沈む。薄紫の錆びた大気はそれでも澄んで見えた。
眼に焼き付けておこう。貴方に余す事無く伝える為に。
「だから、無理だったら良いんだ」
僕はもう聞いたから。貴方の言葉を。
暗く闇に沈む地の底で、ジョミーは呟く。もう、声は出ない。キースはどうしただろう。分からない。
それでも此処は貴方との約束の地。僕が行くから。君の処へ。
『ブルー・・・』
彼の声は大気に溶けた。
-- fin --